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東京高等裁判所 昭和41年(う)2170号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

論旨は要するに、原判決は、被告人が公務所の用に供する公文書でいわゆる交通切符一葉中の告知票、交通事件原票、徴収金原票及び取締り原票計四通を一括毀棄した旨認定したが、右のうち告知票及び徴収金原票は、本件の場合、公文書または公用文書に該当しない。けだし右告知票及び徴収金原票は、いずれも事件が検察官に送致された後、前者は被告人に対し略式手続により審判を受けることについて異議がないかどうかを確かめる手続をとるためのものであり、後者は罰金言渡後その徴収手続において作成さるべきもので、いずれも検察官が所定の段階において作成すべきものである。従つて本件の場合のように、警察官がその捜査の段階において便宜所要事項を記入作成したものとしても、右は権限なき者により作成されたものとして公文書としての意義なきは勿論、右が作成保管されていた公務所である立川警察署の用に供する文書とはいえないし、たとえ検察庁の用に供せられるため作成されたとしても事件がまだ検察官に送致されず、かつ所定手続が履践されないうちは、これらは公文書の用紙としての意味しかなく、未だ公用文書として成立していないからである。然るにこれを公用文書と認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。

按ずるに、刑法第二五八条にいわゆる公務所の用に供する文書とは、現に公務所が使用しまたは保管している文書をいうのであつて、たとえ未完成であつても、公務員がその権限に基づいて作成し、現に公務所において使用に供するものなる以上、同条にいう公務所の用に供する文書に該当するものというべきところ(昭和三二年一月二九日最高裁判所第三小法廷決定、集一一巻一号三二五頁参照)、被告人が破つた本件文書は、いわゆる交通切符であつて、後述するとおり、取調べに当つていた警察官が所要事項の一部を記入し、更に引続き記入しようとしていたものであることは証拠上明らかである。ところで、交通切符は、道路交通法違反事件の迅速処理のために、警察、検察庁、裁判所の三者共用の書式として定められたものであつて、警察官の違反事実の現認取調べの段階から、略式命令による裁判を経て刑の執行手続終了に至るまでの一連の手続に必要な文書を、それぞれの機関において順次作成すべくこれが用紙を一組として綴つたものである。すなわち、一枚目が「告知票・免許証保管証」、二枚目が「交通事件原票」、三枚目が「徴収金原票」、四枚目が「取締り原票」となつていて、以上四枚が一組となり、各用紙には同じ番号が付され、かつ、各用紙の間に複写紙が綴り込まれていて、右四枚の文書に共通する(1)違反者、(2)違反車両、(3)違反日時、(4)違反場所、(5)違反事項・罰条等の各欄は警察官において同時に記入する(その記載は後に起訴状、略式命令及び同謄本の各一部として、それぞれ利用される。)仕組となつているものである。しかし右事件処理の手続を概観すると、警察官は違反事実についての取調べをなし、切符一枚目に、右(1)ないし(5)の各葉共通事項のほか、運転免許証の保管に関する事項、事件処理のため指定の場所に出頭すべき日時等所要事項を記入のうえ、これをはく離して被疑者に交付し、被疑者は裏面の略式手続説明書に続く申述書に署名押印のうえ、これを持参して右指定の日時、場所に出頭、係官に提出する。警察官は、なお切符二枚目の一部をなす違反現認報告書中の被疑者の供述書欄にその署名をとつたうえ同報告書を作成し、三枚目、四枚目と共に検察庁に送付する。検察官は右二枚目裏の起訴状の欄を利用して公訴を提起し、略式命令を請求し、裁判官は同じく二枚目裏の該当欄を利用して略式命令を作成し、裁判所書記官は前述一枚目の裏面を利用して同謄本を作成、被告人に交付し、被告人はこれに基づいて罰金を納付する。切符三枚目徴収金原票は、検察庁徴収係事務官において保管し被告人に対する罰金納付の告知その他執行手続のために使用する。なお、四枚目の取締り原票は、警察および公安委員会における手続に利用され、違反者に対する行政処分の資料として活用されるのである。

以上によつて明らかなように、一組の交通切符を構成する四枚の文書はそれぞれ独立した効用を持ち、事件処理の各段階に応じて順次、警察、検察庁、裁判所においてそれぞれ所定事項が記入され、独立した公用文書として作成、使用されるに至るものではあるけれども、同時に、右四枚の文書は、前述のとおり、同じ番号が付され、各葉互に関連を持ち、事件処理のために一組として使用されるものであつて、各葉未分離の間にうち一葉でも毀損されれば一組の交通切符全体の効用が失われるに至るものであることに照らすと、交通切符は各葉未分離の間は一組が刑法第二五八条にいう公務所の用に供する一個の文書に当ると解するのが相当である。

しかして、被告人が破つた本件交通切符には、各葉に共通の違反者及び違反車両の特定に関する事項、違反事実、罰条等の記入がなされ、更に引続き警察官においても必要事項を記入せんとしていたものであるから、最早単なる用紙たるに止まらず、公務所の用に供する文書たるものというを憚らない。所論は、交通切符を構成する四葉のうち一枚目の告知票及び三枚目の徴収金原票は、未だ公用文書として成立していない旨主張するけれども、以上説明したところに照らせば、未だはく離されていない交通切符の各葉につき、所論のような観点に立つて公用文書としての成否を論ずることの当を得ないことは明らかであるから、到底所論は採用し得ない。なお、原判決の事実摘示中交通切符の毀棄に関する部分は、措辞適切を欠く憾みがあるが、右事実に対する法令の適用と併せ読めば、原判決は本件交通切符全体を一個の毀棄の客体とする趣旨と解し得られるから、結局原判決の認定は正当であつて、所論のような事実の誤認は存しない。論旨は理由がない。(松本勝夫 海部安昌 深谷真也)

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